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| ●Shu庄花園&ピアノ博物館 (Shu:草冠に叔) |
海の中に出来た梯子を渡りながら、海岸沿いの石を見物。この先の日本の海が恋しくなりました。さてさて、次はお目当てのピアノ博物館。年代物が多数ありました。弾けないのが大変残念ですが、脚や細部にこだわりが多々あって、グランドピアノが欲しくなりました。こげ茶で木のぬくもりがあるピアノはやっぱり素敵です。弦の手入れが大変そうですが、クラシカルな音が聞こえてきそうでした。この近くの国際刻字館は日本からのもありましたが、あまりパっとしなかったので、写真を撮り忘れてしまいました。 |
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| ●鄭成功石像 (1624-1662年) |
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複県(Fuding)岩の上にあるこの石碑は高さ15.7m、重さ1,400d、625個の泉州産の白い花崗岩を使用。歴史上人物としては国内最大の石像。12級の台風や震度8レベルの地震にも耐えられる構造になっている。中国人貿易商鄭芝龍を父と日本人の母の間に生まれ、平戸で育ったそう。明清革命では明側につくものの、父は清に投降、母は自害。明朝の唐王から国姓爺を賜り、近松門左衛門の浄瑠璃【国姓爺合戦】では主人公にもなった。成功はオランダに占拠されていた台湾の奪回に向けて動く。しかし、台湾を占拠した翌年の1662年に何と39歳の若さで亡くなったとのこと。アモイと日本の接点は、もっともっと調べていけば色々出てくる気がしました。 |
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